関東大震災

 

図1は,関東大震災の被災状況を示した地図で,赤い部分は焼失した地域です。東京の東半分は,真っ赤,つまり焼けてしまったことがわかります。図2は,練塀町付近を拡大したものです。練塀町は,一部(今の再開発地域の南半分)を残して焼け,江戸時代を偲ぶ建物もなくなってしまいました。近隣の和泉町は,町民の必死の消火活動で延焼を免れました。

 

図1  東京大震火災地図,大正12年(千代田区立日比谷図書館文化館特別研究室所蔵)。

 

図2  東京大震火災地図,大正12年(千代田区立日比谷図書館文化館特別研究室所蔵)。練塀町を青色の実線で囲み,秋葉原貨物駅を赤色の実線で囲んだ。

 

図2を見ると,大正12年当時,秋葉原駅は貨物駅だったことが分かります。山手線は,まだ環状になっておらず,秋葉原貨物駅と神田駅は接続されていませんでした。また,大正12年当時,中央線には万世橋駅があり,東京駅→神田駅→万世橋駅→御茶ノ水駅を通っていました。

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