新元号元年神田祭

神田といえば祭!
神田に住んだならば(神田で働いたならば)祭!
神田祭は,400年以上続いている伝統行事です。
今年も祭の季節が近づいて参りました。

今年の祭は,2年に一度の本祭,そして改元の後,
新元号元年に全国に先がけて開催されます。

平成30年 4月30日 退位礼正殿の儀(天皇陛下のご譲位)
新元号元年5月 1日 剣璽等継承の儀(即位の礼)
新元号元年5月 9日~15日 天皇陛下御即位記念奉祝大祭
(神田祭本祭)

 

秋葉原東部地区の祭礼行事は,
以下のような予定になっています。

5月 9日 (木)
19:00~   鳳輦・神輿遷座祭(場所:神田明神)
5月10日 (金)
夕刻より  氏子神輿御霊入れ(場所:各町会の神酒所)
5月11日 (土)
11:00~13:00   神幸祭鳳輦渡御(場所:和泉橋~美倉橋)
18:00~19:30   宵宮連合神輿渡御
(場所:千代田区立和泉小学校前の道路)
5月12日 (日)
終日     連合宮入渡御(場所:秋葉原~御茶ノ水)
5月14日 (火)
11:00~    表千家家元献茶式 (場所:神田明神)
15:00~    前斎神事(場所:神田明神)
18:00~    明神能「幽玄の花」(場所:神田明神)
5月15日 (水)
14:00~    例大祭(里神楽は終日)(場所:神田明神)

 

少しずつ町内では準備が始まっています。
次のようなポスターを町内で見かけた方も多いと思います。

ポスター作成:島村裕(富士ソフト映像室)

 

また,富士ソフト秋葉原ビル1Fのフロアでは,
神田祭のお知らせ動画を流しています。
波のように見える練塀(瓦でできた塀)が動いて,
祭だ!祭!という感じがします。
富士ソフト秋葉原ビルに立ち寄った方は,ぜひご覧ください。

動画作成:島村裕(富士ソフト映像室)

 

練塀町町会では,神輿への参加者と
氏子神輿の宮入参拝当日(5月12日)に
神田祭のお手伝いをしていただける方を募集しています
(町内在住・在勤の方に限ります)。

 

 

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明治2年相生町の大火

 

明治2年12月12日(1870年1月13日),神田相生町20番地の塗師職金次郎方から出火。この火災でおよそ1100戸が焼失し,練塀町は被害が少なかったもの近隣8か町が全焼しました。この大火を機に東京府は,9000戸の町家を整理して火除け用の空き地(火除地)をつくり,火の神の火産霊大神(ほむすびのおおかみ),水の神の水波能売神(みずはのめのかみ),土の神の埴山毘売神(はにやまひめのかみ)の三柱を祭神として勧請し,町を火災から守る鎮火社(鎮火神社)を創建しました。この鎮火社は,明治6年に神田明神の管轄となり,明治7年には火除地の住所が神田花岡町に変わりました。それまで,鎮火社が置かれた場所は神田平河町に属していました。

 

図1  東京五千分の壱実測図,明治20年(千代田区立日比谷図書館文化館特別研究室所蔵)。火元の神田相生町20番地を赤い実線で囲んだ。また,火除地を青い実線で囲んだ。町名が花岡町ではなく花房町と書いてあるのは,誤記か。

 

火産霊大神が祭神であったのにも関わらず,被災した市民は,当時,火防(ひぶせ)の神として有名であった秋葉大権現が勧請されたものと思い,この鎮火社を秋葉様または秋葉さんとよぶようになりました。そして,鎮火社のある火除地は,秋葉さんの原っぱ(あきばはら),転じて秋葉原(あきはばら)とよばれるようになりました。その後,明治21年(1888年)に火除地に秋葉原駅が建設されたとき,鎮火社は秋葉神社として台東区松が谷に移転しました。

鎮火社(後の秋葉神社)が神田平河町に置かれた歴史的経緯から,神田祭のとき佐久二平河町会の神輿は秋葉原昭和通り口から秋葉原駅に入ります。次に見る機会は,2019年5月12日夕方の予定です。

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【参加方法】

★半纏の貸し出しには、事前申し込みが必要です。
★練塀町在住・在勤の方が対象ですが、町外のご親戚や友人知人を誘っていただいてもOKです。
★担ぎ手に年齢制限はなく、男女ともに参加できます。
★参加の締め切りは、平成29年3月31日です。
★半纏の枚数には限りがあり、先着順とさせていただきます。

参加を希望される方は、下記の内容を、神田練塀町会青年部にメール(info@neribei.net)して下さい。

1.代表者のお名前
2.参加人数(お子さんが参加する場合は年齢も)
3.参加区分(次のいずれか)
 A=担ぎ手として参加
 B=半纏のみレンタル
4.連絡先の電話番号、メールアドレス

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