明治2年相生町の大火

 

明治2年12月12日(1870年1月13日),神田相生町20番地の塗師職金次郎方から出火。この火災でおよそ1100戸が焼失し,練塀町は被害が少なかったもの近隣8か町が全焼しました。この大火を機に東京府は,9000戸の町家を整理して火除け用の空き地(火除地)をつくり,火の神の火産霊大神(ほむすびのおおかみ),水の神の水波能売神(みずはのめのかみ),土の神の埴山毘売神(はにやまひめのかみ)の三柱を祭神として勧請し,町を火災から守る鎮火社(鎮火神社)を創建しました。この鎮火社は,明治6年に神田明神の管轄となり,明治7年には火除地の住所が神田花岡町に変わりました。それまで,鎮火社が置かれた場所は神田平河町に属していました。

 

図1  東京五千分の壱実測図,明治20年(千代田区立日比谷図書館文化館特別研究室所蔵)。火元の神田相生町20番地を赤い実線で囲んだ。また,火除地を青い実線で囲んだ。町名が花岡町ではなく花房町と書いてあるのは,誤記か。

 

火産霊大神が祭神であったのにも関わらず,被災した市民は,当時,火防(ひぶせ)の神として有名であった秋葉大権現が勧請されたものと思い,この鎮火社を秋葉様または秋葉さんとよぶようになりました。そして,鎮火社のある火除地は,秋葉さんの原っぱ(あきばはら),転じて秋葉原(あきはばら)とよばれるようになりました。その後,明治21年(1888年)に火除地に秋葉原駅が建設されたとき,鎮火社は秋葉神社として台東区松が谷に移転しました。

鎮火社(後の秋葉神社)が神田平河町に置かれた歴史的経緯から,神田祭のとき佐久二平河町会の神輿は秋葉原昭和通り口から秋葉原駅に入ります。次に見る機会は,2019年5月12日夕方の予定です。

スポンサーリンク

【祭りの衣装】

担ぎ手は、お祭り用の衣装を着用します。必要なのは以下の4点です。

1.ダボシャツ
襟なしシャツでかなりゆとりのある造りです。色や柄に特に指定はありません。よく似たものに「鯉口(こいくち)シャツ」があり、袖口が鯉の口のようにつぼまっています。すでに鯉口シャツをお持ちの方は、こちらでも大丈夫です。初めての方にはダボシャツをお勧めしています。

2.股引(またひき)
お祭のときに履くズボンです。丈はくるぶしまでの長いもの、色は特に指定はありませんが、初めての方には紺をお勧めしています。

3.地下足袋(じかたび)
一般的な和装用ではなく、靴底の付いた地下足袋を使います。股引と同じ色をご用意ください。

4.半纏を締める帯
角帯、ひらぐけ帯、巻き帯などがあります。特に指定はありません。

★全て購入すると1万円ほどです。お手持ちの衣装があれば、新調する必要はありません。
★洋服や浴衣、作務衣などでは担げません。
★ふんどしは禁止です。
★入れ墨(タトゥー)のある方は、隠して頂くようお願いいたします。
★ネット販売やレンタルもありますが、試着した上で購入することをお勧めします。
★浅草寺周辺などに販売店があるので、希望者にはご案内します。4月に買い物ツアーの開催も予定しています。

スポンサーリンク

【宵宮渡御】

5月13日(土)17:30 佐久間公園集合
13日(土)の夜には、神田和泉町の和泉公園で宵宮(よいみや)という前夜祭的な行事があります。 この日は、和泉公園の周辺でお神輿を担ぎます。子供神輿も出るので、子供も参加できます。

スポンサーリンク