秋葉原駅と運河

この秋葉原駅の写真(図1)は,撮影された年代が伝わっていませんが,女学生が袴を着用していること,背広を着た男性がカンカン帽を被っていることから,おそらく大正時代と思われます。中央の鉄柵は改札で,駅員さんが見えます。この頃,自動改札機はなく,駅員さんが切符にハサミを入れていました。カメラは,秋葉原駅昭和通り口の内側から外側に向いています(図2)。一方,図3の写真は,現在の秋葉原駅昭和通り口の様子です。

 

図1 秋葉原駅昭和通り口(大正年間に撮影?)

 

図2 運河と船着き場が載っている秋葉原駅付近の地図(昭和22年)。青矢印は,図1の写真を撮った方向。青線で囲んだ部分は,現在ヨドバシAkibaになっている。ヨドバシAkiba南半分と秋葉原駅中央口のロータリーは,昔船着き場だった。また,赤矢印は,図4の写真を撮った方向。赤線で囲んだ部分は,現在秋葉原公園になっている。

 

図3 現在の秋葉原駅昭和通り口(平成30年7月撮影)改札口を出て左に進むとヨドバシAkiba,右に進むと秋葉原公園。

 

図1の正面奥に切符売り場が見えますが,その背後に運河が通っていました。運河は明治時代からありました。

http://2.bp.blogspot.com/-X2zQyHHu5_Y/T0C96au8vNI/AAAAAAAAAhU/ZKuE_GWc47o/s640/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88+2012-02-19+18.12.00.jpg

運河の存在は,図2の地図でも確認できます。神田川から運河に入った舟は,船着き場で野菜を降ろし,そこから野菜は(通称)“やっちゃば”(神田青果市場)へと運ばれました。やがて物流の中心が船から鉄道とトラックに変わったため,運河と船着き場は昭和20年代に埋め立てられました。

運河と船着き場が埋め立てられた後,運河の入り口は佐久間橋児童遊園,運河は秋葉原公園になりました。運河にかかっていた佐久間橋は道路になり,道路の下には佐久間橋児童遊園と秋葉原公園をつなぐトンネルができました。トンネルをくぐって二つの公園を移動でき,練塀町の子どもたちの遊び場になっていたそうです。

その子どもたちが大きくなる頃,トンネルは埋められました。その後の秋葉原公園(旧秋葉原公園)も,運河だった名残で地面が一段下がっていました。

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/95/89befe9cdf101b1da57579102d77e1e5.jpg

秋葉原公園は,2014年に大規模に改修され現在のようになりました(図4)。

 

図4  秋葉原公園 (平成30年8月撮影)。 正面にある街路樹の奥が千代田区役所和泉橋出張所。千代田区役所和泉橋出張所は,平成27年に佐久間橋児童遊園の敷地に移転した。

 

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です