桐淵眼科

タイトル:桐淵眼科

昔,練塀町(現在は神田練塀町85番地)に桐淵眼科という病院がありました。

桐淵眼科の写真(明治時代)

練塀町の地図(昭和10年)
注1)桐淵眼科の場所を赤線で囲んだ。
注2)青字で書いたものは,平成30年1月現在にあるもの。

東京名所図会(明治41年,第382号)には,次のように書かれています。
「桐淵眼科医院は,下谷練塀町35番地,同院病室は59番地にあり。従来有名にして眼科専門の病院なり。院長は医学博士桐淵
鏡次氏。入院料は,特等一日金三円,一等一円六十銭,二等一円,三等八十五銭とす。電話の番号は,病院の分下谷六十六,病室の分同一八七一なり。」

桐淵鏡次(明治3年~昭和6年)は,沼津出身で,桐淵光斉の養子になりました。明治27年に東京帝国大学を卒業し,明治30年にドイツに留学,帰国後は下谷練塀町の桐淵眼科病院を継ぎました。桐淵眼科は,戦災で焼失して再建されませんでした。

http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kirihuchi_k.html

桐淵鏡次の息子光一は医者にならなかったようですが,医者になった子孫や親族がいて,今も桐淵眼科は岡崎や元住吉で続いています。

http://www.tkiribuchi.uh-oh.jp/kiribuchikakeizu.html

桐淵眼科があった場所は,戦後に農林省の輸出水産物検査所と輸出食料品検査所になり,

現在はJEBL秋葉原スクエアになっています。

秋葉原スクエア(平成30年1月撮影)

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