秋葉原貨物駅

昔秋葉原にやっちゃば(野菜市場:神田青果市場)があったとき,京浜東北線沿いの高架上に秋葉原貨物駅がありました。次の写真は1991年に撮影されたものです。1990年に神田青果市場は大田区に移転していましたが,まだ秋葉原貨物駅(赤枠で囲んだ部分)は残っていました。秋葉原貨物駅に沿いの建物は,主に運送会社の倉庫として使われていました。青線で囲んだ部分は,神田花岡町にあった日本通運の倉庫で,現在はヨドバAkibaになっています。


秋葉原付近の航空写真(1991年7月撮影)
赤枠で囲った部分:秋葉原貨物駅
青枠で囲んだ部分:日本通運秋葉原営業所とその倉庫

次の写真も秋葉原貨物駅付近の写真ですが,赤色で囲んだ部分は高架が完全に撤去されて,現在は富士ソフトアキバプラザや秋葉原練塀公園になっています。その上の青枠で囲まれた部分は,撤去されずに地下部分が上野第一トンネルとして再利用されました。


神田練塀町付近の航空写真(1991年7月撮影)
赤枠で囲った部分:撤去された部分
青枠で囲んだ部分:秋葉原第一トンネルになった部分

次の写真で線路に沿った細長い部分が秋葉原練塀公園です。現在の住所表記は台東区秋葉原ですが,以前は下谷区練塀町だったため秋葉原練塀公園という名前がついています。春になると桜が咲き,住民の憩いの場所になっています。


秋葉原練塀公園(2018年3月撮影)

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第一上野トンネル

東京駅を出発した東北新幹線は,秋葉原駅を通過後にトンネル(第1上野トンネル)に入ります。第1上野トンネルの入り口は,神田練塀町にあります。




秋葉原駅中央口ロータリーにある周辺案内図(2018年2月撮影)

第一上野トンネルの入口を赤丸で示した。 




秋葉原駅の総武線ホームから(2018年2月撮影)



富士ソフトアキバプラザ裏から見た第一上野トンネルの入口(2018年1月撮影)

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樋口一葉

不定期で,昔練塀町に住んでいた人を紹介していきたいと思います。

樋口一葉(1872−1896)は,五千円札の肖像で,皆さまもご存知だと思います。明治時代の小説家で「たけくらべ」「にごりえ」などの傑作を生みだし,24歳の若さで肺結核により死去しました。

樋口一葉といえば,「たけくらべ」「にごりえ」の舞台となった下谷龍泉寺町(現在の台東区竜泉)や,多くの傑作を執筆し終焉の地でもある丸山福山町(現在の文京区西片)が思い出されます。しかし,1歳から3歳までは,下谷練塀町四十三(現在の神田練塀町)に住んでいました。樋口一葉の作品に練塀町の名前が出てくることはありませんが,秋葉原付近(万世橋)は小説に出てきます。

「萬世橋に来し頃には鉄道馬車の喇叭の声はやく絶えて京屋が時計の十時を報ずる響空に高し・・・」(別れ霜)

鉄道馬車が出てくるので,甲武鉄道(現在の中央線)に蒸気機関車が走る前,レールの上に乗った客車を馬が引いていた頃の話であることが分かります。

次の写真は,下谷練塀町四十六(現在の神田練塀町55番地)から下谷練塀町一〜四十五を撮ったものです。樋口一葉の家がどこにあったのか,正確な場所は分かりません。今は再開発地域になっていて,残念ながら当時の様子を偲ぶよすがとなるものはありません。

2017年11月撮影

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